2017年11月24日

続々・すもう前史

(つづき)すもうに関するうんちくの中でも私が一番関心を持ったのが、奈良に野見宿禰が祭られている相撲神社があるということでした。これは見に行かなくてはと思い出かけました。山辺の道を少し外れた所にある小さな神社で、手入れもしていないせいか、当時は草が一面に生えていました。神社には、四角い土俵があって、そこには四本の木が植わってありました。私は、それらをカメラ(当時は「写るんです」)におさめて、現像した写真をはって画用紙にまとめたものをY君に見せました。Y君は大変興味を持ってくれました。また、相撲中継のビデオを見せたりもしました。Y君に、相撲について分からないこと、もっと知りたいことを出させて、そして、私がまた調べてくるといったことを繰り返し、私自身も楽しかったです。
 一方、担任している喘息の子ども達も体育で相撲を行いました。体育の備品でふんどしセットも買ってもらいました。今、二年生の子どもたちがすもうを行っていますが、しり相撲やケンケン相撲は、当時、喘息の子どもたちと行ったことと全く同じです。Y君が病室で相撲についてまとめ、それを今度は、喘息の子ども達にも知らせました。喘息の子ども達がすもうをとる様子をVTRにおさめ、それを病室でY君に見せました。登校の子どもも、登校できない子どもも相撲でつながった学習を展開することができました。そして、11月の新任の研究授業研でも相撲を行いました。相撲一色の数ヶ月間でした。
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2017年11月19日

続・すもう前史

(つづき)情けない授業の日々が続いて、一学期が終わって二学期に入ります。二学期のある日、市政だよりに「相撲の発祥地、當麻町相撲館が開館する予定である」ということが載ってありました。そう言えばY君は、テレビで相撲をよく見るということを言っていたので、「相撲についてしっかり調べてみよう」と思いました。これは、Y君の授業にきっちり応えることになるかもしれないと思って、私の教材研究が始まります。
 私が市政便りを見たとき、何で當麻町が相撲と関係あるのかわかりませんでした。當麻町がボタンで少しは有名な当麻寺のある所ぐらいにしか思っていなかったのです。恥ずかしいことかもしれませんが、私は、この時になって初めて、當麻町というのが當麻蹶速から来ていることがわかったのです。そして、相撲の歴史を調べると奥が深く、@節会相撲(奈良・平安)稲の出来具合を占うための神事として天皇の前でとられた相撲、A武家相撲(鎌倉・室町)武芸の一つとして行われた相撲で将軍が相撲会を開く。B勧進相撲(室町〜江戸)室町になると、職業的な力士が現れます。地方をまわって地元の一般人と相撲をとり、神社や寺を建て、修繕するための寄付金を集めるという名目(勧進)で、東西対抗の形で相撲が行われるようになります。C江戸時代に相撲興行が行われ、地方の大名に抱えられる「抱え力士」が生まれます。こんな相撲の歴史にとても興味を持ちました。その他にも、土俵が四角かったこと、織田信長が熱狂的な相撲ファンだったこと、ペリーがやって来たときに力士が浦賀に集められたことなど、興味深いうんちくをたくさん知ることができました。(つづく)



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2017年11月12日

すもう前史

 同志会と出会う以前の話です。私は、病弱の養護学校の体育教師として教師がスタートしました。病弱の養護学校の子どもらは隣接する病院に入院しており、病院から養護学校に通じる廊下を通って登校していました。病弱の養護学校なので、子ども達は病気を持っています。病種別にクラスが分けられており、重度の障害を持った子ども、筋ジストロフィーの子ども、腎炎やネフローゼの子ども、喘息の子どもたちがいて、私は喘息の子どもたちの担任となりました。教科担任制を取っており、私は小学部の体育と中高の筋ジスの子どもたちの体育を担当していました。多くの子どもは登校できるのですが、重度の子どもと腎炎やネフローゼの子どもは、教師が病棟に行って授業を行いました。その中に、ネフローゼと他の病気を併発したY君という3年生の子どもがいました。
 1年生の時から4年生まで入院していたのですが、私がY君の体育をを受け持ったのは3年生の時でした。Y君は一年生からずっと安静の状態が続いていました。登校できないので、私が病院の病室に行ってベッドの横で授業をします。病室に入るときが大変で、白衣を着けて全身を消毒殺菌してから病室に入りました。Y君を初めて見たときはとても驚きました。3年生なのですが、薬のせいで太り、顔がむくんでいました。体育の授業を始めるのですが、病室で何を教えていいのかわかりませんでした。初めての日は、奈良県の体育の副読本を開いて、体育のことについて話すのですが、それもすぐに終わってしまいます。余った時間は他愛もない話をしながら終わってしまいました。困ったのは次の日からです。視聴覚室から、マットのビデオを見せたりするのですが、それも、すぐに終わって、そんな授業を繰り返していました。
 しかし、Y君の担任の先生の話では、Y君は体育の授業をとても楽しみにしてくれているというのです。というのも、Y君は運動の経験がなく、病室からもほとんど出られないので、体育の授業を受ける事自体うれしいようでした。いつも、授業が終わると、「先生今度何すんの?」と言って来ます。こんな情けない授業をして、申し訳ないなと思うのですが、当時はその時任せの授業しかできなかったのでした。(つづく)
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2017年11月08日

すもうやっています

 2年生の運動場体育では、切れた綱で土俵をつくり、相撲をやっています。体をぶつけられて怒る子ども、負けたために授業の最後まで固まって泣いている子ども、腹が立っていつもまでもしつこく文句を言って負けを認められない子どももいます。しかし、それはそれで全て良いのです。いろんな子どもが勝ち負けに向き合い、自分の持つ能力観や勝敗観をいっぱい出してくれればOKなのです。
 教育現場では「勝ち負けにこだわらず」とよく言われます。しかし、これは勝ち負けとは何なのかを考えさせる体験を閉ざしているという見方もできます。勝ち負けを巡って、それぞれの思いをおもいきり出させ、勝った喜びや負けた悔しさを学んでいくのも大切な学習であると思っています。やるからには、始めから諦めずに「勝ち負けにこだわって」ほしいなと思います。
 また、今の子どもたちは、身体接触の機会が余りにも少ないのも問題だと感じています。体を触れ合って力比べをしたり、相手の息づかいや温もりを感じたり、このような経験が極端に不足しています。力の入れ具合が分からないために、高学年になって、けんかで相手に大ケガをさせてしまうことがあります。手加減ということが分からないのです。力を加えたり、力を受けたりすることを学ぶ教材として相撲は適しています。だた、男女関係なく相撲ができるのも低学年のうちです。今しかできない大切な学習だと思っています。
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2017年11月05日

腰折田

この間、各家庭に配布される県政便りを見ていると、香芝市が紹介されているページがあり、そこに10月に「腰折田(こしおれだ)」にできた広場が載っていました。早速行ってみると、田舎の田んぼに力士像が建てられ、遠くに二上山を眺めることができます。それでは、腰折田とは何か?「垂仁天皇七年七月七日に出雲の土師部の祖とされる野見宿禰が、大和で剛力無双をうたわれた當麻蹶速と相撲をとって勝ち、宿禰は蹶速の腰を折ってしまったので、蹶速の倒れたところが腰折田という地字名で残っていたという記録も見える。」(スポーツ大辞典)この「腰折田」という地名がどこにあるのかずっと気になっていたのですが、ずっと分からず、今回の県政便りで初めて知ったのでした。
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posted by まんぞう at 20:18| Comment(0) | 日記