2017年08月13日

山梨大会 水泳「水辺文化」分科会

 夏休みも半分過ぎてしまいました。
 大阪支部大会、奈良ブロック民舞教室、山梨大会といつもの夏の同志会行事に参加してきました。
 山梨大会では、いつものように水泳「水辺文化」分科会に出ました。今回は9名ととても少なかったです。実践提案は佐賀の中島さん「水泳から命を考える〜水泳のわかる、水辺文化を問い直す〜」で、これは問題提起になる実践報告でした。
「水から命を守る」ことは余りにも自明のことであるので、これまでの水辺分科会では、それは安全教育が担うべきだと考えていました。分科会では、もっぱら文化としての水泳を教科内容に位置づけており、「水から命を守ること」は範疇にはなかったと言えます。
 しかし、近年の着衣泳を背泳の学習として位置づける実践や、「動く水」の学習として捉え直す日本泳法の実践なども行われています。「命と水泳」を教科内容として位置付かせることも必要ではないかのか?という今回の中島実践の提起であったように思えます。
 中島実践は、制野先生の「命と向き合う教室」をヒントに水泳と生命という視点で取り組まれていました。子どもの感想には、「疲れない泳ぎ方をしたい」「リラックスして浮けるようにしたい」「流れには無理に逆らわない」など、常に、自分の安全、安心を意識しながら泳いでいたことがよくわかります。実践では、常に「動く水」の中で泳がせるという中島さんの仕掛けがあったからであり、子どもたちは、今泳いでいることと「命と向き合うこと」を関連させながら泳いでいました。そして、子どもたちの理解の到達点の一つは、「命を守るためには、浮き、呼吸が必要である」という理解をしています。これは、全くそのことがドル平の核と同じなのです。また、着衣泳での背浮きが楽であることや、疲れないためにはどうすれば良いのか、このような理解が、近代泳法とは何か、日本泳法とは何か、何のために泳ぐのかという、泳ぎのより深い理解へとつながり、水泳をする意味を子ども自身が問い直していたように思えます。
 水泳「水辺文化」分科会の今の課題を浮き彫りにしてもらった実践であり、私は大変刺激を受けました。
posted by まんぞう at 23:00| Comment(0) | 日記

2017年04月30日

どこに行った?「習得・活用・探求の力を育てる学習活動」

支部大会の基調が回ってくるので、何を書こうか考えていると、今の学習指導要領は何が売りだったのかということが気になってきた。体育に限らず、今の指導要領の目玉は「習得・活用・探求の力を育てる」ことだったはずだが、この文言はほとんど聞かれない。文科省はアクティブラーニングの看板を下ろしたようだが、本当だったら、これが出てくる前に、習得・活用・探求の具体が報告されていてもおかしくないのに、忘れ去られた言葉になってしまったような気がする。

それで、もう一度今の指導要領を解説した書籍をあたってみると、教育の方向性が思考力重視に向かう中でこの3つの文言が採用されてきたようだ。体育に限っては、こじつけとも思えるようなあてはめ方であり、私の当時のメモにも、「習得が基本、活用・探求が発展であるならば、かつてのめあて@、めあてAとどこがちがうのか?」と書いてある。

解説書の跳び箱の例では、習得型が「開脚跳び」、活用型が「大きな開脚跳び」や「抱え込み跳び」となるだろう。また、ボール運動では、タスクゲームが習得型、合理的な作戦を立てて実行すると、活用型や探求型になるだろうとされており、こじつけというか、どってことのないカスのような中身だ。

アクティブラーニングがそうだったように、何らかの言葉を文科省が示したら、それを拡大解釈、こじつけの理屈でもって同じ路線に立とうとする人たちがいる。アクティブラーニングの書籍は、言葉をかえるのだろうか?
だから、同志会も「それは私たちがやってきたことだ」と言わないことだ。でないと彼らと同じ側にたつことになる。「習得・活用・探求の力」のように時間が経てば忘れ去られていく言葉に振り回されないことが大事だろう。
posted by まんぞう at 11:25| Comment(0) | 日記

2017年04月17日

体育科教育5月号

5月号は「よみがえれ!日本の運動会・体育祭」と言う特集で、同志会からは、神谷さん、吉澤さんが書いておられます。中でも、吉澤さんの「子どもは秋の運動会でこそ育つ」という原稿はおもしろいです。
 冒頭に、「作品が出来ていないから、図工の作品展を春にすることは無理です。」「歌唱も楽器の指導も始まったばかりだから、音楽会を春にするのは無理です。」こういう主張はもっともだと反論もなく受け入れらるのに、なぜ体育だけが春に追いやられているのか?と問題提起しています。以下は自身の「孫悟空」のテーマで取り組んだ運動会の表現を報告されています。かつてその映像をみせてもらったことがありますが、独創的な表現となっています。これを完成させるためには、一学期からの取り組みが必要で、だから、秋の運動会となるという主張です。
 吉澤さんの原稿の一方で、運動会をしたら子どもの規範意識が高まり、自己責任に基づく判断ができるようになった、という笑ってしまうような原稿もあり、5月号はおもしろいです。
posted by まんぞう at 21:08| Comment(0) | 日記