2017年12月23日

性の多様性から見た小学校保健教科書 ー功刀研究報告会(例会報告)

 4人で行ったブロック例会。最近の研究報告の中では、わかりやすい内容でした。次期学習指導要領の保健教科書のことを注視しなければと思った次第です。私なりにわかったことを挙げます。

@はじまりは子どもの呼称をどのように呼んでいるのか?という身近な話題から入りました。多くの小学校では、「くん」ではなく「さん」が使われています。混合名簿を推進してこられた人たちは、「さん」の方が人権意識が高いのだと言うけど、そうなのでしょうか?教科書は「わたし」ではなく「ぼく」です。「さん」で呼ばれるといやがる子どももいます。この辺りはどう受け止めたらいいのでしょうか?
 今年の4月に出された文科省「性同一障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」には、具体的な事例が挙がっています。呼称の工夫として「校内文書(通知表を含む)を児童生徒が希望する呼称で記す 自認する性別として名簿上扱う」とされています。だから、全て「さん」で呼ばなければダメということでもないと言えるのではないでしょうか?

A今までそんなに真剣に学習指導要領と教科書を見比べたことがなかったのですが、解説書の文言が忠実に教科書に反映されているということがよくわかりました。今回の改訂で、功刀さんは、現行の教科書の、思春期のからだと心の変化の個人に関する記述で、体つきの変化、体の中の変化が、「〜だれにでも起こる」という文言が削除されていることに注目すべきだとされています。
・体育編3・4年の「思春期の体の変化」に関する解説文の新旧比較
旧(現行2008年6月)→「・・・さらに、これらは(思春期の体の変化)、個人によって早い遅いがあるもののだれにでも起こる、大人の体に近づく現象であることを理解できるようにする。」
新(2017年6月)→「・・・さらに、これらは(思春期の体の変化)、個人差があるものの、大人の体に近づく現象であることを理解できるようにする。
「LBGTI」という性の多様性を認知されていく今の流れの中で、教科書にどう反映されていくのか注目すべきだとされています。

Bしかし、17年3月のパブリックコメントに対する文科省の態度は消極的です。パブリックコメントの「性的マイノリティーについて規定し、保健体育などの「異性への関心」を削除すべき」という意見に対し、文科省は、「・・・「性的マイノリティー」について指導内容として扱うことは、個々の児童生徒の発達の段階に応じた指導は、保護者や国民の理解、教員の適切な指導の確保などを考慮すると難しい」と回答しています。あくまでも、「LBGTI」は個別に対応すべきだとする態度です。

この辺りのことが、保健の教科書にどう記述されるのか、大きな曲がり角に来ているという感想を持ちました。ブロック例会のことは、支部ニュースで報告されます。
posted by まんぞう at 00:33| Comment(0) | 日記
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